2013年9月8日日曜日

2013SUMMER原水禁平和行進



http://youtu.be/S7GpuODamVI



2013SUMMER原水禁平和行進



2013年 平和行進終結式
連合広島 石井一清会長
広島原水禁 佐古正明代表
核禁広島 島田勝行議長

自治労 平上宏二郞連合事務局長


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2013年8月7日水曜日

ユニオンがあればこうなる――サービス残業なくそう


http://youtu.be/BZXUGGayH3g

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2013年7月8日月曜日

ワタミ過労死事件(ワタミで働く人は労働組合をつくりましょう)

ワタミ過労死事件(ワタミで働く人は労働組合をつくりましょう


http://youtu.be/MiyQC6SNo4U

2013年6月28日午後3時、ワタミ過労自死ご遺族の森夫妻が、自民党本部を訪ね、­過労死を起こして平然としている渡邉美樹ワタミ前会長の参院選出馬取り消しを求めた。­撮影・編集=土屋トカチ

2013年5月6日月曜日

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2013年3月30日土曜日

ベルシステム24で受電禁止になり一ヶ月

ベルシステム24で受電禁止になり一ヶ月。 3回の団交(団体交渉)をえての現状。 厚労省のパワハラ定義の過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)にあたる状態。 ベルシステム24がパワハラのない働きやすい職場になって欲しい。 パワーハラスメントのない社会に少しでもなるように頑張るしかない。
  http://youtu.be/-Q3qDYlS-ag

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2013年3月17日日曜日

「パワハラ告発解雇・玉城町議会行動・職員半数がパワハラあると回答」  

http://youtu.be/HBfXsypaLmc 玉城町の公営施設でのパワハラを告発したらクビ! 職員半数がパワハラあると回答 公営介護施設ケアハイツ玉城において パワハラを告発した職員が突然解雇された問題で、 個人加入の労働組合「ユニオンみえ」と玉城町との 団体交渉が昨年6月以来七回にわたり継続中です。 組合は団体交渉に、町長、前事務長、 パワハラを繰り返す責任者U氏の出席を求めましたが 一度も出席しないばかりか第七回の団体交渉の席上、 町側弁護士は団体交渉の冒頭に打ち切りを宣言しました。 ●パワハラ騒動の揉み消しを図る経営者 職場の仲間や、 U責任者からパワハラを受けて辞めていった人たちが、 小林さんの「解雇の撤回についての嘆願書」を町に出してくれました。 ところが嘆願書に署名した現職の人達が、 前事務長、責任者、補佐に呼び出され 「どうして署名したのか、あんたの字か、撤回する気はないか、公務員なんやけど」 と言われるという事件も発生しています。 ●U氏のパワハラ? 公正中立の立場で業務を遂行する義務があるケアマネの小林さんが、 利用者の立場を優先しケアハイツ玉城への入所をキャンセルしたことに、 「誰か他の入所者を探せ、誰から給料もろとるんや、そんなことしたら給料でえへんよ」 というものです。 この発言に対する町側やU氏の見解は「言葉として間違っていた」というものですが、 この発言はパワハラであるだけでなく、 「ケアハイツ玉城の営利を第一に考えて利用者をケアハイツに入れろ」 と言うことに他ならず、ケアマネの独立性や公営施設としての責任を無視したものです。 ●U氏のパワハラ? 小林さんの「解雇の撤回についての嘆願書」に署名した人の一人、 看護師・Eさんは、ご主人が入院しており病院より 「意識がなくなったので直ぐきてください。」 との連絡を受けU責任者に伝えると「誰が、替わるの?」と言われ、 早退を認めてもらえませんでした。U責任者は看護士でしたが交替せず。 Eさんは止む無く携帯で交替要因を探して、ようやく早退しました。 その時も課長補佐は、この様子を見聞きしていましたが何の指示も注意もしませんでした?。 Eさんも町にU責任者のパワハラを告発する「申立書」を昨年の9月に提出しましたが、 玉城町はいまだに何の結論も出していません。 ●U氏のパワハラ? ケアマネの小林さんが、度重なる心労のため突発性難聴となり 診断書を提出して休んでいるときに、 U氏は 「二時間だけでも出てこれんのか? あんたのためや」と電話、 出勤するように圧力をかけてきました。 ●ケアハイツ玉城の約半数の職員がパワハラの存在を回答 ユニオンみえは玉城町側に、施設でのパワハラの有無の調査を申し入れました。 「責任者のパワハラがあると認めた人は、たくさんいた」と現事務長は職員に話していま?す。 しかし調査についての、分析、町長の見解、町の見解、 今後どうして行くのか等文書での提出をユニオンが求めたところ、 「町としては、従前の調査の結果から特に新たな事実等が判明したとは、判断しておりま?せん」 とよくわからない回答が返ってきました。 調査の結果、パワハラの存在を認めた人は、実に61人中27人でした。 ケハアイツ玉城での責任者によるパワハラは、現在も続いています。 責任者が反省の意志を示さないのは、 「玉城病院院長の、強い庇護があるからだ」との噂もあります。 ユニオンみえの仲間と 「闘うケアマネ」小林さんは、 玉城町議会の開催されている3月12日、玉城町議会を傍聴。 この日の傍聴者は小林さんとユニオンみえの仲間三人だけ。 休憩時間に議員や職員の皆さんに挨拶をしたところ、 みなさん快く挨拶をしてくれましたが、 辻村修一町長は逃げるような対応をして、まともに挨拶しませんでした。 http://sky.geocities.jp/wataraiguntamakichou/

2013年1月28日月曜日

山谷争議団事件(忘れてはならない闘いがそこにはある)



http://youtu.be/SYAv2RCX6t0

山岡さん佐藤さん追悼1.14日雇全協・反失業総決起集会 A ワッショイ入場
http://youtu.be/SYAv2RCX6t0


佐藤満夫さん虐殺29ヵ年、山岡強一さん虐殺27ヵ年弾劾・追悼 
1・14日雇全協反失業総決起集会・デモ 

日時:2013年1月14日(月祝)10- 
場所:山谷・玉姫公園(南千住駅下車徒歩10分、玉姫神社そば) 
集会後デモ、その後全国交流会 
主催:全国日雇労働組合協議会(日雇全協) 

山谷争議団事件 
リンク先:http://yabusaka.moo.jp/sanyasougidan.htm 
オワリナキアクム 
~又ハ、捻ジ曲ゲラレタ怒リ~ 



【事件概要】 

 1983年頃から、東京・山谷地区で、日雇い労働者を斡旋して金をピンハネする暴力団組員と、それに反対する新左翼系の「山谷争議団」の衝突が続いた。  
 84年12月には山谷でドキュメンタリー映画を撮っていた映画監督が、86年1月には争議団幹部が暴力団の凶刃、凶弾に倒れた。 


――――――――― 


【山谷】 

 「山谷」という地名は今はもうない。台東区東北部にかつてあった地区で、現在は清川・日本堤・東浅草とその名を変えている。 
 山谷には多くの簡易宿泊所があり、近年では安宿を求める外国人旅行者に人気の街でもある。同様に山谷は日雇い労働者などが生活する街として知られる。そこには仕事を求める労働者に斡旋する手配師もいる。 
 工事の場合、まず大手ゼネコン・国土交通省・各自治体などが発注し、そこに元請→下請→孫請と、中堅・中小の土建業者が続いていくのだが、その会社の従業員の他にどうしても日雇い労働者が必要になってくる。それを職安などを通さずに斡旋するのが手配師である。手配師は中小土建業者と契約し、そこから報酬をもらう他、日雇い労働者の給与のピンハネすらする。こうして日雇い労働力の売買が行なわれている所を「寄せ場」と呼ぶ。 

 81年10月、こうした「搾取」に対抗すべく、新左翼系の「山谷争議団(全国日雇労働者組合協議会山谷支部山谷争議団)」が、「山谷日雇労働組合」や「6・9礒江洋一闘争の会」を母体に結成された。争議団は「暴力団手配師の追放」「労働者の待遇改善」「労働争議解決」を主に訴えていた。 

※磯江洋一・・・・鳥取大学中退。79年、山谷派出所(マンモス交番)で立ち番をしていた巡査部長を殺害し、無期懲役の判決を受けた。→「山谷交番・警官刺殺事件」 

 この地に賭博の利権を持つ国粋会金町一家の傘下組織、暴力団・西戸組皇誠会は83年頃から進出してきて、手配師として労働者の斡旋を行なっていた。彼らは労働者1人に対し、2000~3000円ほどをピンハネし、月に数千万円の利益を上げていた。「手配師の追放」を目指していた争議団にとって、皇誠会は闘うべき敵だった。 


 双方のにらみ合いが続いていた1983年11月3日、争議団と西戸組がついに衝突。ナチス棒と催涙スプレーを持った組員が山谷・泪橋に現れ、乱闘となり、7名の逮捕者を出した。 

 その翌日、寄せ場にあるビラがばらまかれた。 


労働者諸君に告ぐ! 

 我々も山谷地区に事務所を開設し、一年を迎え様として居りますが、この様に争議団に恥辱を受けては、我々西戸興業としてもがまんの限界である。これを機に我々は弱い労働者の後でカスリを取っている争議団(1)宗村義隆(2)梅本功光(3)森下政行他七名の絶滅をする。 

 弱者の労働者諸君を我々はケガさせまいとして又警察の忠告を守ったのだ!争議団にヤジウマの気持で集まっている諸君達!ヤジウマ集団で1つしか無い尊い生命を失っては、いけない! 
 昔の渡世人は、日本刀で殺したが、現代の渡世人はその様な形を取らない!死者が争議団の宗村、梅本、森下、石井であれば良いが、我々は労働者諸君を巻き込みたく無い!ひやかしでこの様の文面を廻すのではない! 



 その後、城北福祉センターに集合していた争議団メンバーの32名が逮捕された。他にも争議団メンバーの1人は西戸組の事務所に連れこまれ、17時間にわたるリンチを受けている。 
  
 以後も双方の衝突は続いたが、逮捕されるのはいずれも争議団メンバーで、争議団は警察の暴力団びいきを主張、組員を「天皇主義右翼」「国家権力の先兵」と規定するようになった。 


【映画監督暗殺】 

 84年4月、西戸組は事務所を撤収。 
 しかし秋になって、手配師に対する西戸組の互助会(入会金5万円 会費3万円)加入要求から、抗争は再燃した。 

 10月4日、仕事の斡旋をめぐり、泪橋付近で鉄パイプや木刀での乱闘が起こり、組長(当時34歳)ら組員5人と、争議団メンバー1人が逮捕された。 

 10月5日、日本堤の路上で、組員が争議団の宣伝車を報復襲撃。4人が逮捕された。 

 10月17日、乱闘で争議団2人が逮捕。 


 そしてこの衝突は初めて死者を出す。 

 84年12月22日午前7時ごろ、台東区日本堤二丁目で、パンを買っていた映画監督・佐藤満夫さん(37歳)が男に背後から包丁で刺され、9時前に病院で死亡した。 
 まもなく、同区清川二丁目派出所前を血のついた包丁を持って歩いていた男・笠井栄一(当時41歳)が逮捕される。笠井は10月4日に暴力行為の現行犯で逮捕されており、釈放後、「幹部をテロってやる」と言っていた。 

 佐藤さんは新潟県生まれ。高校3年の時に上京し、やがて全共闘運動と出会い、69年東大・安田講堂事件において、ML同盟の学生と共に火炎放射器で抵抗し、逮捕された。その後、映画評論家・斎藤龍鳳氏の影響を受けて映画の世界に入りた。83年には東アジア反日武装戦線の支援集会での人との出会いから山谷支援の活動を始めている。その場所で日雇いで金を貯めながら、ドキュメンタリー映画の撮影を始めた。刺殺されたのは撮影からわずか11日目のことだった。 

 同日昼前、争議団のメンバーが浅草署の玄関口に押しかけ、「警察がやらせた」と騒ぎ、このうち1人が署員に板を投げつけ、現行犯逮捕された。 
 さらに夕方、争議団は山谷地区内で追悼集会を呼びかけ、群衆の一部が警戒にあたっていた機動隊と衝突。500人が暴れ、車に放火するなどして、11人が公務執行妨害で逮捕された。 

 24日朝にも争議団と暴力団のトラブルがあり、双方が角材を持って乱闘となった。争議団メンバー4人、組員1人が逮捕されている。 


【争議団幹部暗殺】 

 86年1月13日朝、争議団幹部の山岡強一さん(45歳)が新宿区大久保の路上で、駐車中の乗用車から飛び出してきた男に、首や胸など4ヶ所を撃たれ死亡した。 

 山岡さんは北海道雨竜郡沼田町の炭坑労働者の家庭に生まれ、68年から山谷で土木作業員をしながら生活を始めた。その2年後、社会党系の「東京日雇労働組合(東日労)」に入った。81年には争議団に入り、リーダー格として活動、82年6月に「全国日雇労働組合協議会(日雇全協)」の結成に尽力している。83年11月4日に逮捕されていたが、亡くなった佐藤監督の跡を引き継ぎ、ほとんど素人であったが「山谷(やま)―――やられたら、やりかえせ」を撮影し、85年12月に完成させていた。 

 同夜、争議団活動家60人は追悼集会後、山谷地区派出所(通称・マンモス交番)に集まり、「警察は暴力団の味方か」と糾弾、機動隊との衝突に発展し、6名が公務執行妨害で逮捕された。デモは翌日もあり、2人が逮捕されている。 

 さらに16日、山岡さんの「人民葬」が玉姫公園で行なわれた後、30名が逮捕された。 

 21日、山岡さんを殺害した男が逮捕される。やはり日本国粋会金町一家金竜組の若頭補佐・保科勉(当時28歳)だった。 
 保科は茨城県下館市で生まれ、中学を卒業すると、都内の会社に就職。以後、職を転々とし、83年頃組員となった。 
 1月2日に争議団による組襲撃があり、割れた窓ガラスを見て、争議団の幹部を狙おうと思ったという。 


リンク 

「山谷」製作上映委員会のホームページ 
http://homepage3.nifty.com/joeii/jyoeii/ 

山谷界隈 あれこれ通信 
http://www.asahi-net.or.jp/~ea8t-mcd/ 


≪参考文献≫ 

講談社 「蜂起には至らず 新左翼死人列伝」 小嵐九八郎  
講談社 「死刑弁護人 生きるという権利」 安田好弘 
社会評論社 「右翼テロ」 社会評論社編集部 
宝島社 「別冊宝島 昭和・平成 日本テロ事件史」 
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編  
双葉社 「増刊週刊大衆7月11日号 現代犯罪百科」 


佐藤満夫 
1947年1月19日、新潟県南魚沼町に生まれる。高校3年時に上京。当時の全共闘運動に出会い、69年東大列品館闘争で逮捕さる。その後、斉藤龍鳳等の影響を受け映画界へ。83年「東アジア反日武装戦線・支援連」の集会で「山谷を支援する有志の会」のメンバーと出会い、対皇誠会戦下の山谷へ「有志の会」として参加。以後83-84越冬、対西戸戦と継続して山谷の闘いを支援の先頭で闘い抜く。84年11月、本格的な寄せ場の映画を撮るべく「マニフェスト映像」を結成。12月5日より撮影を開始。12月22日早朝、西戸組・筒井栄一の凶刃に斃れる。享年37歳。


山岡強一 やまおか-きょういち 
1940-1986 昭和時代後期の社会運動家。 
昭和15年7月15日生まれ。東京の山谷(さんや)争議団のリーダーとして悪質手配師とたたかう。支援者で刺殺された佐藤満夫監督の遺志をつぎ,映画「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」を完成させたが,直後の昭和61年1月13日凶弾にたおれた。45歳。北海道出身。札幌南高卒。
関連情報URL : http://youtu.be/SYAv2RCX6t0