2013年3月17日日曜日
「パワハラ告発解雇・玉城町議会行動・職員半数がパワハラあると回答」
http://youtu.be/HBfXsypaLmc
玉城町の公営施設でのパワハラを告発したらクビ! 職員半数がパワハラあると回答
公営介護施設ケアハイツ玉城において
パワハラを告発した職員が突然解雇された問題で、
個人加入の労働組合「ユニオンみえ」と玉城町との
団体交渉が昨年6月以来七回にわたり継続中です。
組合は団体交渉に、町長、前事務長、
パワハラを繰り返す責任者U氏の出席を求めましたが
一度も出席しないばかりか第七回の団体交渉の席上、
町側弁護士は団体交渉の冒頭に打ち切りを宣言しました。
●パワハラ騒動の揉み消しを図る経営者
職場の仲間や、
U責任者からパワハラを受けて辞めていった人たちが、
小林さんの「解雇の撤回についての嘆願書」を町に出してくれました。
ところが嘆願書に署名した現職の人達が、
前事務長、責任者、補佐に呼び出され
「どうして署名したのか、あんたの字か、撤回する気はないか、公務員なんやけど」
と言われるという事件も発生しています。
●U氏のパワハラ?
公正中立の立場で業務を遂行する義務があるケアマネの小林さんが、
利用者の立場を優先しケアハイツ玉城への入所をキャンセルしたことに、
「誰か他の入所者を探せ、誰から給料もろとるんや、そんなことしたら給料でえへんよ」
というものです。
この発言に対する町側やU氏の見解は「言葉として間違っていた」というものですが、
この発言はパワハラであるだけでなく、
「ケアハイツ玉城の営利を第一に考えて利用者をケアハイツに入れろ」
と言うことに他ならず、ケアマネの独立性や公営施設としての責任を無視したものです。
●U氏のパワハラ?
小林さんの「解雇の撤回についての嘆願書」に署名した人の一人、
看護師・Eさんは、ご主人が入院しており病院より
「意識がなくなったので直ぐきてください。」
との連絡を受けU責任者に伝えると「誰が、替わるの?」と言われ、
早退を認めてもらえませんでした。U責任者は看護士でしたが交替せず。
Eさんは止む無く携帯で交替要因を探して、ようやく早退しました。
その時も課長補佐は、この様子を見聞きしていましたが何の指示も注意もしませんでした?。
Eさんも町にU責任者のパワハラを告発する「申立書」を昨年の9月に提出しましたが、
玉城町はいまだに何の結論も出していません。
●U氏のパワハラ?
ケアマネの小林さんが、度重なる心労のため突発性難聴となり
診断書を提出して休んでいるときに、
U氏は
「二時間だけでも出てこれんのか? あんたのためや」と電話、
出勤するように圧力をかけてきました。
●ケアハイツ玉城の約半数の職員がパワハラの存在を回答
ユニオンみえは玉城町側に、施設でのパワハラの有無の調査を申し入れました。
「責任者のパワハラがあると認めた人は、たくさんいた」と現事務長は職員に話していま?す。
しかし調査についての、分析、町長の見解、町の見解、
今後どうして行くのか等文書での提出をユニオンが求めたところ、
「町としては、従前の調査の結果から特に新たな事実等が判明したとは、判断しておりま?せん」
とよくわからない回答が返ってきました。
調査の結果、パワハラの存在を認めた人は、実に61人中27人でした。
ケハアイツ玉城での責任者によるパワハラは、現在も続いています。
責任者が反省の意志を示さないのは、
「玉城病院院長の、強い庇護があるからだ」との噂もあります。
ユニオンみえの仲間と
「闘うケアマネ」小林さんは、
玉城町議会の開催されている3月12日、玉城町議会を傍聴。
この日の傍聴者は小林さんとユニオンみえの仲間三人だけ。
休憩時間に議員や職員の皆さんに挨拶をしたところ、
みなさん快く挨拶をしてくれましたが、
辻村修一町長は逃げるような対応をして、まともに挨拶しませんでした。
http://sky.geocities.jp/wataraiguntamakichou/
2013年1月28日月曜日
山谷争議団事件(忘れてはならない闘いがそこにはある)
http://youtu.be/SYAv2RCX6t0
山岡さん佐藤さん追悼1.14日雇全協・反失業総決起集会 A ワッショイ入場
http://youtu.be/SYAv2RCX6t0
佐藤満夫さん虐殺29ヵ年、山岡強一さん虐殺27ヵ年弾劾・追悼
1・14日雇全協反失業総決起集会・デモ
日時:2013年1月14日(月祝)10-
場所:山谷・玉姫公園(南千住駅下車徒歩10分、玉姫神社そば)
集会後デモ、その後全国交流会
主催:全国日雇労働組合協議会(日雇全協)
山谷争議団事件
リンク先:http://yabusaka.moo.jp/sanyasougidan.htm
オワリナキアクム
~又ハ、捻ジ曲ゲラレタ怒リ~
【事件概要】
1983年頃から、東京・山谷地区で、日雇い労働者を斡旋して金をピンハネする暴力団組員と、それに反対する新左翼系の「山谷争議団」の衝突が続いた。
84年12月には山谷でドキュメンタリー映画を撮っていた映画監督が、86年1月には争議団幹部が暴力団の凶刃、凶弾に倒れた。
―――――――――
【山谷】
「山谷」という地名は今はもうない。台東区東北部にかつてあった地区で、現在は清川・日本堤・東浅草とその名を変えている。
山谷には多くの簡易宿泊所があり、近年では安宿を求める外国人旅行者に人気の街でもある。同様に山谷は日雇い労働者などが生活する街として知られる。そこには仕事を求める労働者に斡旋する手配師もいる。
工事の場合、まず大手ゼネコン・国土交通省・各自治体などが発注し、そこに元請→下請→孫請と、中堅・中小の土建業者が続いていくのだが、その会社の従業員の他にどうしても日雇い労働者が必要になってくる。それを職安などを通さずに斡旋するのが手配師である。手配師は中小土建業者と契約し、そこから報酬をもらう他、日雇い労働者の給与のピンハネすらする。こうして日雇い労働力の売買が行なわれている所を「寄せ場」と呼ぶ。
81年10月、こうした「搾取」に対抗すべく、新左翼系の「山谷争議団(全国日雇労働者組合協議会山谷支部山谷争議団)」が、「山谷日雇労働組合」や「6・9礒江洋一闘争の会」を母体に結成された。争議団は「暴力団手配師の追放」「労働者の待遇改善」「労働争議解決」を主に訴えていた。
※磯江洋一・・・・鳥取大学中退。79年、山谷派出所(マンモス交番)で立ち番をしていた巡査部長を殺害し、無期懲役の判決を受けた。→「山谷交番・警官刺殺事件」
この地に賭博の利権を持つ国粋会金町一家の傘下組織、暴力団・西戸組皇誠会は83年頃から進出してきて、手配師として労働者の斡旋を行なっていた。彼らは労働者1人に対し、2000~3000円ほどをピンハネし、月に数千万円の利益を上げていた。「手配師の追放」を目指していた争議団にとって、皇誠会は闘うべき敵だった。
双方のにらみ合いが続いていた1983年11月3日、争議団と西戸組がついに衝突。ナチス棒と催涙スプレーを持った組員が山谷・泪橋に現れ、乱闘となり、7名の逮捕者を出した。
その翌日、寄せ場にあるビラがばらまかれた。
労働者諸君に告ぐ!
我々も山谷地区に事務所を開設し、一年を迎え様として居りますが、この様に争議団に恥辱を受けては、我々西戸興業としてもがまんの限界である。これを機に我々は弱い労働者の後でカスリを取っている争議団(1)宗村義隆(2)梅本功光(3)森下政行他七名の絶滅をする。
弱者の労働者諸君を我々はケガさせまいとして又警察の忠告を守ったのだ!争議団にヤジウマの気持で集まっている諸君達!ヤジウマ集団で1つしか無い尊い生命を失っては、いけない!
昔の渡世人は、日本刀で殺したが、現代の渡世人はその様な形を取らない!死者が争議団の宗村、梅本、森下、石井であれば良いが、我々は労働者諸君を巻き込みたく無い!ひやかしでこの様の文面を廻すのではない!
その後、城北福祉センターに集合していた争議団メンバーの32名が逮捕された。他にも争議団メンバーの1人は西戸組の事務所に連れこまれ、17時間にわたるリンチを受けている。
以後も双方の衝突は続いたが、逮捕されるのはいずれも争議団メンバーで、争議団は警察の暴力団びいきを主張、組員を「天皇主義右翼」「国家権力の先兵」と規定するようになった。
【映画監督暗殺】
84年4月、西戸組は事務所を撤収。
しかし秋になって、手配師に対する西戸組の互助会(入会金5万円 会費3万円)加入要求から、抗争は再燃した。
10月4日、仕事の斡旋をめぐり、泪橋付近で鉄パイプや木刀での乱闘が起こり、組長(当時34歳)ら組員5人と、争議団メンバー1人が逮捕された。
10月5日、日本堤の路上で、組員が争議団の宣伝車を報復襲撃。4人が逮捕された。
10月17日、乱闘で争議団2人が逮捕。
そしてこの衝突は初めて死者を出す。
84年12月22日午前7時ごろ、台東区日本堤二丁目で、パンを買っていた映画監督・佐藤満夫さん(37歳)が男に背後から包丁で刺され、9時前に病院で死亡した。
まもなく、同区清川二丁目派出所前を血のついた包丁を持って歩いていた男・笠井栄一(当時41歳)が逮捕される。笠井は10月4日に暴力行為の現行犯で逮捕されており、釈放後、「幹部をテロってやる」と言っていた。
佐藤さんは新潟県生まれ。高校3年の時に上京し、やがて全共闘運動と出会い、69年東大・安田講堂事件において、ML同盟の学生と共に火炎放射器で抵抗し、逮捕された。その後、映画評論家・斎藤龍鳳氏の影響を受けて映画の世界に入りた。83年には東アジア反日武装戦線の支援集会での人との出会いから山谷支援の活動を始めている。その場所で日雇いで金を貯めながら、ドキュメンタリー映画の撮影を始めた。刺殺されたのは撮影からわずか11日目のことだった。
同日昼前、争議団のメンバーが浅草署の玄関口に押しかけ、「警察がやらせた」と騒ぎ、このうち1人が署員に板を投げつけ、現行犯逮捕された。
さらに夕方、争議団は山谷地区内で追悼集会を呼びかけ、群衆の一部が警戒にあたっていた機動隊と衝突。500人が暴れ、車に放火するなどして、11人が公務執行妨害で逮捕された。
24日朝にも争議団と暴力団のトラブルがあり、双方が角材を持って乱闘となった。争議団メンバー4人、組員1人が逮捕されている。
【争議団幹部暗殺】
86年1月13日朝、争議団幹部の山岡強一さん(45歳)が新宿区大久保の路上で、駐車中の乗用車から飛び出してきた男に、首や胸など4ヶ所を撃たれ死亡した。
山岡さんは北海道雨竜郡沼田町の炭坑労働者の家庭に生まれ、68年から山谷で土木作業員をしながら生活を始めた。その2年後、社会党系の「東京日雇労働組合(東日労)」に入った。81年には争議団に入り、リーダー格として活動、82年6月に「全国日雇労働組合協議会(日雇全協)」の結成に尽力している。83年11月4日に逮捕されていたが、亡くなった佐藤監督の跡を引き継ぎ、ほとんど素人であったが「山谷(やま)―――やられたら、やりかえせ」を撮影し、85年12月に完成させていた。
同夜、争議団活動家60人は追悼集会後、山谷地区派出所(通称・マンモス交番)に集まり、「警察は暴力団の味方か」と糾弾、機動隊との衝突に発展し、6名が公務執行妨害で逮捕された。デモは翌日もあり、2人が逮捕されている。
さらに16日、山岡さんの「人民葬」が玉姫公園で行なわれた後、30名が逮捕された。
21日、山岡さんを殺害した男が逮捕される。やはり日本国粋会金町一家金竜組の若頭補佐・保科勉(当時28歳)だった。
保科は茨城県下館市で生まれ、中学を卒業すると、都内の会社に就職。以後、職を転々とし、83年頃組員となった。
1月2日に争議団による組襲撃があり、割れた窓ガラスを見て、争議団の幹部を狙おうと思ったという。
リンク
「山谷」製作上映委員会のホームページ
http://homepage3.nifty.com/joeii/jyoeii/
山谷界隈 あれこれ通信
http://www.asahi-net.or.jp/~ea8t-mcd/
≪参考文献≫
講談社 「蜂起には至らず 新左翼死人列伝」 小嵐九八郎
講談社 「死刑弁護人 生きるという権利」 安田好弘
社会評論社 「右翼テロ」 社会評論社編集部
宝島社 「別冊宝島 昭和・平成 日本テロ事件史」
東京法経学院出版 「明治・大正・昭和・平成 事件犯罪大事典」 事件・犯罪研究会・編
双葉社 「増刊週刊大衆7月11日号 現代犯罪百科」
佐藤満夫
1947年1月19日、新潟県南魚沼町に生まれる。高校3年時に上京。当時の全共闘運動に出会い、69年東大列品館闘争で逮捕さる。その後、斉藤龍鳳等の影響を受け映画界へ。83年「東アジア反日武装戦線・支援連」の集会で「山谷を支援する有志の会」のメンバーと出会い、対皇誠会戦下の山谷へ「有志の会」として参加。以後83-84越冬、対西戸戦と継続して山谷の闘いを支援の先頭で闘い抜く。84年11月、本格的な寄せ場の映画を撮るべく「マニフェスト映像」を結成。12月5日より撮影を開始。12月22日早朝、西戸組・筒井栄一の凶刃に斃れる。享年37歳。
山岡強一 やまおか-きょういち
1940-1986 昭和時代後期の社会運動家。
昭和15年7月15日生まれ。東京の山谷(さんや)争議団のリーダーとして悪質手配師とたたかう。支援者で刺殺された佐藤満夫監督の遺志をつぎ,映画「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」を完成させたが,直後の昭和61年1月13日凶弾にたおれた。45歳。北海道出身。札幌南高卒。
関連情報URL : http://youtu.be/SYAv2RCX6t0
2012年12月16日日曜日
僕はやめません!許すな13万人大リストラ- 清水ただしの派遣村TV
http://youtu.be/3mFDJtqWBPU
『派遣村TV』http://hakenmura.tv の村長(清水ただし)が、自らの苦労や体験を元に、大きな社会問題となっている「派遣切り・雇い止め」に焦点を当て、皆さんと一緒に考えて行きたいと思っています。応援 して下さいね!
「行き倒れ」より、「食い倒れ」の大阪に!
2012年11月26日月曜日
大起産業事件【働く者のために闘う、ユニオンみえ】
三菱重工の下請け企業で航空機の部品を作っている大起産業株式会社で争議が発生しています。
同社航空機事業部門工場の木曽崎工場において、組合に加入し大起産業に対して直接雇用を求めた労働者達を、大起産業の工機事業部の常務で同工場の工場長の、天田淳一氏が、職場から締め出しを行った。
http://youtu.be/p7Wk6bcO5zs
●大起産業事件の経緯
2010年6月、大起産業の木曽崎工場で働いているた派遣会社ニッケイアームの外国人労働者から、
有給が取れない、偽装請負であると、名古屋ふれあいユニオンに相談があり、組合に加入し闘いがはじまりました。
2010年6月25日、三重県労働局に申告したところ偽装請負などが認定され指導が入りました。
なかには10年以上も偽装請負として働かされている人もいました。
労働者が派遣先で長く働いている場合、派遣先にはその労働者を直接雇用する義務が発生します。
この件でも、偽装請負の契約解除、直接雇用となると思っていたところ・・・
2010年7月末、会社側が労働局に「適正な請負に移行する」という改善案を出します。
しかしながら、職場の実態は全く改善されませんでした。
そればかりか、職場では多くの労働者が解雇されるという噂が広がりました。
これに危機感を抱いた多くの労働者がユニオンみえに加入し、闘いをはじめました。
2010年8月、会社側の出した「適正な請負に移行する」というプランは実効性が無いので、
職場の適正化と直接雇用を、大起産業と派遣会社に申し入れます。
これに対して、大多数の派遣労働者を送り出しているコスモ技研は、偽装請負を解消できないとして、
廃業すると言いだし、コスモ技研の社長は、大起産業での直接雇用を求めると認めました。
しかしながら大起産業は直接雇用には応じず、もう一つの派遣会社(ニッケイアーム)で再契約してはどうかと言いだします。
労働条件の切り下げ、しかも一からの雇用となることから労働者たちは直接雇用を求めました。
2010年11月30日午後、労働者たちはストライキを敢行。
大起産業側は派遣会社との契約がなくなったことを理由に実質上の解雇を宣告してきました。
ストライキ後の12月1日、職場で直接雇用を求める労働者達が大起産業から締め出されました。
大起産業(ユニオンみえブログ)
http://unionmie.blog.fc2.com/blog-category-17.html
ユニオンみえ、大起産業前で抗議行動
http://www.youtube.com/watch?v=f6wmY3P6C_I
http://www.youtube.com/watch?v=ruGc0viEJ0U
http://www.youtube.com/watch?v=5U0kA62dRi0
http://sky.geocities.jp/wataraiguntamakichou/
2012年10月9日火曜日
パワハラ告発解雇事件
玉城町・町営の玉城町指定居宅介護支援事業所(ケアハイツ玉城)にて、職場で発生していた執拗なパワハラを告発後、2012年(平成24年)に解雇されるという事件が発生。 玉城町の公営施設(玉城町国民健康保険玉城病院)で発生している深刻なパワハラ問題について、玉城町長に申し入れを行おうとしたところ申し入れを拒否。その後玉城町長は、玉城町営の介護福祉施設で発生したパワハラ事件は、関係者個人の問題であって自分は関係ない」などと発言。2012年現在、パワハラ告発解雇事件として就労闘争中である。
http://sky.geocities.jp/wataraiguntamakichou//
http://youtu.be/LPPSP7_dxNE
http://youtu.be/8oauLyrbR4g
2012年8月22日水曜日
格差社会の現状【コールセンター職場が示すものとは?】
コールセンター職場が示すものとは?
独立行政法人労働政策研究・研修機構 研究員 前浦 穂高
コールセンターが抱える3つの問題
87%。この数値をご覧になって、皆さんは何を想像されるだろうか。答えは、日本のコールセンターで働く非正規労働者の割合(非正規比率と呼ぶ)である。国際比較をすると、各国平均で29%、米は20%、英は30%、仏は30%、独は40%、スペインは50%、韓国は60%である。日本のコールセンターの非正規比率がいかに高いかがわかる1。
このデータは、アメリカのコーネル大学のRosemary Batt教授を中心に組織されたコールセンターの国際比較調査「Global Call Center Project2」(21カ国)によるもので、私は2006年から日本班(主査 仁田道夫教授)の一員として参加している。そこで本コラムは、上記のデータや関連資料を基にコールセンター職場の実態を紹介したい。
非正規比率の高さ
最近私たちの身近な職場となったコールセンターであるが、この職場がいくつか問題を抱えていることが明らかとなった。その1つが、非正規比率の高さである。非正規労働者は労働条件や雇用保障の両面で正社員より劣るため、非正規比率が高ければ、それだけ不安定な労働者を生み出すことになる。ところで何故これほどまでに非正規化が進んでいるのだろうか。
調査によれば、主因はコスト削減である。彼らを雇う理由では、「コスト圧縮のため」と回答するセンターが圧倒的に多い。そこで顧客接点スタッフ(いわゆるオペレーター)の一般的な年収を見ると、正社員は約500万、フルタイム有期は約260万円、パートタイム有期は約130万、派遣社員は約260万円である。調査の限りでは、正社員を雇用するより、非正規労働者を活用する方がコスト削減につながっている。
賃金格差
しかしここに2つ目の問題が存在する。それは正社員と非正規労働者の賃金格差の問題である。正社員の一般的な年収は、フルタイム有期と派遣社員の2倍、パートタイム有期の4倍に相当する3。他方で平均労働時間を見ると、正社員は38.1時間、フルタイム有期は36.7時間、パートタイム有期は22.9時間、派遣労働者は35.5時間であり、パートタイム有期を除けば、雇用形態によって平均労働時間はそれほど変わらない。このように日本のコールセンターには、同じ職場でほぼ同じ時間働いているにも関わらず、雇用形態別に賃金格差が存在するのであるが、現場ではこの現実に対して納得感が得られているのかという問題が残される。これは、言い換えれば、正社員と非正規労働者間の均衡処遇に関わる問題である4。
離職率の高さ
3つ目の問題は、離職率である。非正規労働者は、正社員に比べて、離職率が高い。そのため多くの非正規労働者を抱えるコールセンターの離職率は、必然的に高くなる。ところで離職率が高いことは何が問題なのだろうか。
それは人材育成を考えれば分かりやすい。顧客接点スタッフは顧客との接点のある業務を担っているため、彼らの対応(働きぶり)が当該企業の評判につながっていく。したがって、顧客が満足する対応のできる人材(質の良い人材)の確保が必要になるが、そういう人材ほど人件費は高い。そこでコストの安い非正規労働者に教育訓練を施すかわりに、彼らには長期勤続し、安定的に質の良いサービスを提供してもらう必要がある。しかしすぐに離職されてしまうと、教育投資が無駄になるだけでなく、十分経験を積んだスタッフが不足する事態を招き、長期的にはサービスの質の低下を招く危険性がある。また離職が頻繁になってくると、企業は教育投資が無駄だと考えるようになり、教育費用を負担しなくなるだけでなく、企業内で人的資源の蓄積が進まなくなる。その結果として、企業のみならず、社会全体の生産性を低下させかねなくなることから、離職率が高い状態は、社会全体にとっても好ましくない。
求められる対応とは
これまで3つの問題を指摘してきたが、これらの問題を解決するには、どのような対応策が求められるだろうか。その1つが、非正規労働者の組織化(労働組合に参加すること)である。日本のコールセンターの平均組織率は23%であるが、国際比較をすると、各国平均は50%、米は10%、英は60%、仏は80%、独は50%である。国により制度や慣行が異なるため、単純な比較はできないが、日本のコールセンターの組織率は明らかに低水準にあり、ここに組織化の余地がある。では非正規労働者を組織化するメリットは何であろうか。
中村(2009)によれば、同じ職場で働く非正規労働者を組織化すれば、彼らの労働条件を改善するだけでなく、日常の不満や苦情を吸い上げ、働きやすい職場環境を整備することで、彼らの不満を軽減し、離職率を低下させることができる。彼らの離職率が低下すれば、従業員に費やした教育投資が無駄にならないし、新たに労働者を雇い、教育訓練するなどの追加的なコストを削減できる。さらに職場の中心的な存在である非正規労働者が意欲をもって働けば、生産性は向上するから、企業にもたらすメリットも大きい。また非正規労働者の組織化は、組合員の増加を意味するため、従業員の代表性という課題を抱えている組合にとっても大きなメリットになる5。
ただし正社員と非正規労働者が同じ組合に入った場合、両者の処遇格差(利害調整)も議論の対象になり得ることも忘れてはならない。例えば非正規労働者の賃金を上げるには、どこかに財源を求めることになるが、その矛先は正社員の給与原資に向けられるだろう。非正規労働者を組織化するということは、両者の利害調整を真剣に議論し、実行に移す覚悟が問われるのである。
コールセンター職場が示すものとは?
私たちの身近な存在となってきたコールセンターであるが、その職場の存在が示すものとは、非正規化の進展、賃金格差の問題、離職率の問題、非正規労働者の組織化など、多くの問題を抱えている現実である。これらに共通するのは、正社員と非正規労働者の関係の在り方が問われているということである。今後もこの問題は大きな論点になっていくが、それは決して対岸の火事ではなく、実はどこの職場にも見られる身近な労働問題である。
参考文献
中村圭介(2009)『壁を壊す』教育文化協会
仁田道夫(2007)『コールセンターの雇用と人材育成に係わる実態と課題-コールセンターで働く人材を如何に育成・定着させるか?-』 独立行政法人労働政策研究・研修機構
濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会‐雇用システムの再構築へ』岩波新書
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この数値には現場の管理者であるSV(スーパーバイザー)やTL(チームリーダー)などが含まれる。顧客接点スタッフに限定すると、非正規比率は93%にものぼる。
調査全体については、コーネル大学のサイトを参照のこと。また日本のデータについては、東京大学社会科学研究所人材ビジネス研究寄付部門のサイト及び独立行政法人労働政策研究・研修機構のサイトを参照のこと。
諸外国のコールセンターで働く顧客接点スタッフの一般的な年収は、米は300万円、英は300万円、仏は216万円、独は312万円である。諸外国のスタッフの一般的な年収は、日本のフルタイム有期の一般的な年収に近いことがわかる。
仁田(2007)は、両者の賃金格差を生み出す要因として、雇用形態によって勤続年数や学歴が異なること、非正規労働者の組織率の低さなどを指摘しているが、それでも両者の賃金格差を十分説明できないと述べている。
中村(2009)が述べる組織化とは異なるが、濱口(2009)もその必要性を論じている。
(2009年8月21日掲載)
2012年8月10日金曜日
「パワーハラスメント」月刊労働組合・2012年August号より
月刊労働組合・2012年August号より
◆パワハラ被害にあっても職場で相談できない現実◆
セクハラ、パワハラを受けたことがあるか聞いたところ、
「セクハラを受けたことがある」が9.9%
「パワハラを受けたことがある」が24.3%となりました。
男女別に見ると、女性では、
「セクハラを受けたことがある」17.0%
「パワハラを受けたことがある」21.6%
男性では、「セクハラを受けたことがある」2.8%
「パワハラを受けたことがある」は27.0%
セクハラを受けたことがある99名に、どうしたか聞いたところ、
「誰にも相談しなかった」が34.3%でもっとも高く、
「同僚に相談した」31.3%が続きました。
「その職場をを退職した」は20.2%
パワハラを受けたことがある243名でも、
「誰にも相談しなかった」が35.0%でもっとも高い結果になりました。
次いで「その職場を退職した」が28.0%でした。
その職場での相談についてみると、パワハラでは
「上司に相談した」は12.3%
「同僚に相談した」は22.6%
セクハラでは
「上司に相談した」は23.2%
「同僚に相談した」は31.3%と、
どちらもパワハラの方が低くなっており、
パワハラに関する相談は、セクハラに関する相談に
比べて職場でしづらくなっている様子がうかがえました。
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